防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   1018号 (2020年1月1日発行)
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ノーサイド
北原巖男
人生の扉

 全国の自衛隊員の皆さん、ご家族の皆さんそして「防衛ホーム」紙の愛読者の皆さん、
「明けましておめでとうございます!」
 令和2年のスタートです。
 誰もが新しく人生の扉を開き、歳を重ねて行きます。きっと生涯忘れ得ない嬉しいことや幸せにも恵まれることでしょう。しかし、悲しく辛く無念なこと、自信を喪失しひどく落ち込むことなど、さまざまな事柄や事象の真っただ中に立つこともあるに違いありません。でもそんな時、自分をして悲劇の主人公に決めつけてしまうことだけは、「チョット待った!」です。
 かつて人生の先輩から言われた忘れ得ない言葉があります。厳しい場面に置かれたとき、カッコ良くハラがくくれるわけではありませんが、何かとても気持ちが楽になるような気がします。
「今自分はこれをやるべきだ、ともう一人の自分に呟いていることを、そのままひたすら真っすぐにやって行ったらいい。あとはどうなるか分からないけれど、それでいいんじゃないですか」
 歌手竹内まりやさん作詞作曲の「人生の扉」には、こんな英語のフレーズがあります。
I say it's fun to be 20
You say it's great to be 30
And they say it's lovely to be 40
But I feel it's nice to be 50
I say it's fine to be 60
You say it's alright to be 70
And they say still good to be 80
But I'll maybe live over 90
皆さんは、どのあたりでしょうか?チコちゃん的「永遠の 歳」!?
 竹内まりやさんの、90歳を超えてなお生きて行くぞ、との気概には圧倒されます。
 皆さん自分自身のかけがえのない人生です。どこまで行くか行けるか分かりませんが、今年も現在進行形で、目いっぱい生きて行きましょう!
 人生の扉を開きながら初めての世界に歩みを進めて行くのは、旅行みたいだなあと思っていましたら、旅行会社を営む親しい知人から「旅行通信」が届きました。彼は、常に安全で楽しく生涯の思い出になるような旅作りに尽力しているのですが、見出しに曰く「2019旅の思い出トラブル編」。
 臨場感溢れる思い出の記は、当時の慌て具合や困り果てた姿が大変であればあるほど読む人には面白く、思わず「他人の不幸は蜜の味」になっている自分にハッとします。トラブルの真っただ中では、本当に大変だったと思います。真っ青になったり、危機一髪、怒り心頭に達したことなどの事例が続きます。
 最後に彼は、「今回の教訓」として次のようなことを書いていました。
・駅や空港へは早めに行く。トラブルが発生しても対処しやすい。
・日程表には「駅」だけでなく「駅名」まで具体的に記載する。
・ガイドに頼り過ぎない。他人任せにしない。
・パスポートは肌身離さず。
・手荷物には名札を付ける。
・国内旅行の場合は日帰りでも宿泊旅行でも「健康保険証のコピー」を持参する。
・手帳には普段飲んでいる持病の薬の名前を書いておく。
・手すりの無い場所には無理に行かない。見ているだけにする。
 2020年の人生の扉が開きました。
 未知の世界、オリンピック・パラリンピックも来ます。LET'S GO FORWARD!
*いつも「ノーサイド」をご覧いただき感謝申し上げます。本年もよろしくお願い申し上げます。

北原 巖男
(きたはらいわお)
元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現(一社)日本東ティモール協会会長。(公社)隊友会理事


「ビエンチャン・ビジョン2・0」に基づき協力を強化
日 − インドネシア防衛相会談
 12月20日、河野太郎防衛大臣は来日中のプラボウォ・スビアント・インドネシア共和国国防大臣と防衛省で会談を行った。プラボウォ大臣とは、11月18日にタイで開催された第6回拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)で防衛相会談を行ってから間もない再会となった。
 会談冒頭で河野大臣は、11月に発表した「ビエンチャン・ビジョン2・0」に基づいた両国の防衛協力強化を一層推進したい旨を伝えると、プラボウォ大臣はこれを歓迎した。会談では両国の防衛政策、地域情勢等について意見交換が行われたほか、防衛協力・交流について、軍種間協力では艦艇の寄港、インドネシア海軍主催による多国間共同訓練「コモド」への自衛隊参加等で一致した。また両国共通の課題である、人道支援・災害救援分野の協力を進めていくこと、教育分野での人的交流についても継続して進めていくことで一致した。

海上自衛隊先任伍長
航空自衛隊准曹士先任

交代式
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第6代に東海曹長
 令和元年12月17日、海上自衛隊先任伍長の交代行事が執り行われ、第6代海上自衛隊先任伍長に海曹長・東和仁が指定された。
 東曹長は昭和60年に第31期海上自衛隊生徒として入隊、通信員として勤務した。平成23年に護衛艦「いかづち」先任伍長に指定された後、平成27年10月には第1護衛隊群先任伍長として、また平成29年10月から護衛艦隊先任伍長として経験を積み重ねてきた。
 海上幕僚監部にて行われた交代式には、海上幕僚長、海上幕僚副長、海上幕僚監部各部長・課長等をはじめ、統幕最先任、陸自最先任上級曹長、空自准曹士先任、東京近郊の先任伍長及び在日米海軍最先任上級兵曹長を筆頭に、米軍からも多くの参列者を得て、厳かな中にあっても和やかに式は進められた。交代式では、第5代海上自衛隊先任伍長・関曹長から海上幕僚長へ先任伍長識別章が返納され、新たに第6代海上自衛隊先任伍長・東曹長へ、海上幕僚長の手によって左胸に識別章がつけられた。
 平成27年6月29日に海上自衛隊先任伍長の指定を受け、1633日間にわたり重責を果たしてきた関曹長が「皆様の支えがあって、全力で走り続けることができました」と感謝を述べると、東曹長は「海上自衛隊先任伍長室と部隊が繋がっていることを忘れず、隊員一人一人がその繋がりを認識できるよう取り組んでいく」と決意を表明し、二人は固い握手を交わした。
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第7代に甲斐准空尉
 令和元年12月12日、航空自衛隊准曹士先任の交代行事が執り行われ、第7代航空自衛隊准曹士先任に甲斐修准空尉が指定された。
 航空幕僚監部で行われた交代式には、航空幕僚長をはじめ、航空幕僚副長、航空幕僚監部各部長等、陸自最選任上級曹長、海自先任伍長、市ヶ谷基地勤務の准曹士等が参列。厳かな雰囲気の中で行われた。
 式では、第6代准曹士先任の横田雅宏准空尉から丸茂吉成航空幕僚長に准曹士先任識別章が返納された。続いて第7代准曹士先任の甲斐准空尉の左胸に、丸茂空幕長によって識別章がつけられた。
 丸茂空幕長は、横田准空尉について「非常に明るく円満な性格をしていて、各部隊の隊員や准曹士等と非常に円滑で円満な関係を構築し、航空自衛隊の発展のために尽くしてくれた」と賛辞を贈った。甲斐准空尉には「隊員ひとりひとりの幸せを考えて、それが組織の発展に繋がるよう勤務してもらいたい」と訓示した。
 交代式の後、甲斐准空尉は「重圧に負けそうになり新宿駅から(前勤務地「東十条駅」が停まる)埼京線に乗ろうか、(「四ツ谷駅」が停まる)中央線に乗ろうか迷いつつ、中央線に乗ってきました」と場を和ませながら「皆様のご支援が本当に大切だと思います。これからよろしくお願いします」と挨拶した。
【甲斐准空尉略歴】
昭和59年‥入隊、平成13年‥作戦情報隊(府中)、平成23年‥補給本部(十条)、平成28年‥補給本部准曹士先任(十条)、令和元年12月‥現職

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