防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   998号 (2019年3月1日発行)
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家族支援担当者会同
担当者相互の認識の共有図る
<陸幕人事教育部厚生課>

 2月7日、陸上幕僚監部において、家族支援の実務者レベルの能力向上を目的として家族支援担当者会同が実施された。家族支援担当者会同は平成21年度以来実施しており、今回で10回目となった。家族支援担当者会同には、陸上総隊司令部、各方面総監部、各部隊、各機関における家族支援担当者、計42名が市ヶ谷駐屯地に集合し参加した。

【大規模災害が頻発した平成30年度の教訓を共有】
 今年度は平成30年7月豪雨災害や北海道胆振東部地震災害などの大規模な災害が頻発したことから、会同においては、陸上幕僚監部の家族支援班が今年度発生した災害における教訓として、災害等発生時における隊員家族の安否確認等について、より迅速かつ能動的な家族支援が必要であると説明した。特に、隊員家族の安否確認等に当たっては、関係部外団体等から協力を得ることが必要であり、平素からの留守家族名簿を最新の状態に整備すること、各団体との役割分担を整理すること及び訓練を充実させることが重要であると強調した。また、平素から関係部外団体等との調整を容易にするため、具体的に施策を推進すると説明した。
 次いで、各方面総監部の家族支援担当者が、平成30年7月豪雨災害及び北海道胆振東部地震災害において実施した隊員家族の安否確認に関する関係部外団体等との調整内容や、北海道胆振東部地震災害においてブラックアウト下に実施した緊急登庁支援等の教訓、並びに各部隊等において実施している取組みや訓練の成果を説明した。
 最後に、家族支援の教訓や今後の施策について意見交換を実施し、家族支援担当者相互の認識の共有を図った。
 部隊から会同に参加した担当者は、「会同で学んだ事項及び各部隊の取り組みを参考として、今後の業務に反映したい」などと所見を述べた。

【来年度以降は集合訓練として訓練対象・時間を拡大】
 陸上幕僚監部は、家族支援に関する関係部外団体等との協力などの新たな施策の徹底及び各部隊に対する斉一な施策の進捗を図るため、これまで10回実施してきた会同を来年度から集合訓練と位置付け、対象及び訓練時間を拡大して実施することとしている。また、関係部外団体等と意見交換を継続実施しつつ、施策の実効性の向上に努めることとしている。


読史随感
神田淳
<第24回>

五・一五事件における報道の異常

 1932年(昭和7年)5月15日、三上卓、山岸宏、黒岩勇ら海軍の青年将校4名が、陸軍士官学校生徒五名とともに総理官邸を襲い、犬養毅首相を暗殺した。同時に陸軍士官学校生徒4人が牧野伸顕内大臣邸を襲ったが、牧野大臣は不在で無事。さらにもう一つのグループは政友会本部と日本銀行に手榴弾を投げ込むが、不発だった。
 この五・一五事件は、杜撰なクーデター計画であったが、このテロがその後の日本の進路に与えた影響は限りなく大きかった。
 驚くべきは、テロの実行犯である海軍の青年将校らがあたかも正義の士であるかのような世論が形成されたことである。徒党を組んで一国の首相を殺害したのであるから、重罪であり、厳重な処罰しかありえないが、事件の公判が始まって2か月も経つと、誰が犯罪者かわからないような世論が生まれていた。
 こうした空気を形成したのは当時もマスメディアだった。新聞は、「現代の社会の腐敗堕落は現支配階級の腐敗によるものだ。彼らは政治の根本義を忘れ、党略にふける選挙、議政壇上における醜態、涜職事件甚だしきは統帥権干犯まで行い、これらにより日本の腐敗が招来された」という被告人の主張をそのまま掲載し、被告人の「元老・財閥・政党等特権階級」への批判を正当化する言説を展開した。
 公判開始後1か月もすると新聞は、「五・一五被告に感激 減刑運動・猛然起る 全国在郷軍人も起つ 減刑嘆願四万突破」といった見出しで、減刑嘆願運動について語り始めた。
 『東京日日』に送られてきた次の投書が、マスメディアによって動かされた当時の世論をよく表している。「妾(わたし)は日給八十銭の女工の身で御座いますが、この間までは犬養総理大臣を暗殺した軍人方に対して妾(わたし)どもは非常に反感をもっておりましたが、今回新聞やラジオのニュースで暗殺せねばならなかった事情とか、皆さんの社会に対する立派な御考、さらに皇室に対するお気持ちをお伺いしまして、私共の今迄考えて居った事がまことに恥ずかしく感じられーーー。」
 判決は、「国法を犯したのはよろしくないが、愛国の至情を諒とする」もので、首謀者の海軍士官3名が禁固15年、1名が禁固13年、陸軍側は最も重い刑で禁固4年であった。これは異常に軽い判決と言わなければならない。疑いなく判決は世論の影響下にあった。五・一五事件のテロに対するこの判決の軽さが、後に二・二六事件を引き起こすことになる。
 マスメディアはなぜ五・一五事件のテロ実行犯を擁護する報道キャンペーンをはったのか。まず、当時世界恐慌に端を発した大不況の中にあり、強い社会不安があった。党利党略に腐心し、財閥と結託して腐敗している(と新聞が報じる)政党政治に対する不満が国民に蓄積していた。こうした中、政治を批判し、国民の共感を呼ぶような、テロ実行犯の純真かつ悲壮な国士的精神を伝え、青年将校らの革新運動への同調的報道となった。結局マスメディアのポピュリズムである。
 しかし、マスメディアには国政に対する責任感はなかった。五・一五事件は日本の政党政治を終焉させた。以後軍部による国政の壟断が進み、最後は大東亜戦争に行きつく。五・一五事件におけるマスメディアの報道ぶりが、その後の日本の進路を誤らせた。
(2019年2月25日)

神田 淳(かんだすなお)
 高知工科大学客員教授
 著作に『すばらしい昔の日本人』(文芸社)、『持続可能文明の創造』(エネルギーフォーラム社)、『美しい日本の倫理』(https://utsukushii-nihon.themedia.jp/)など。


総飛行1万時間達成
<飛行点検隊>
 2月20日、飛行点検隊(司令・中澤武志1空佐=入間)所属で機上整備員(フライトエンジニア)の緒方秀通空曹長が、総飛行1万時間を達成した。
 この日もいつもと同じようにYS-11飛行点検機に乗り込んだ緒方曹長。訓練を終え機体から降りてくる今日の主役を待っていたのは、同僚たちの温かい拍手と恒例の手荒い祝福だった。隊長へ申告し労いの握手を交わした直後、司会者の「やっちゃってください」の合図とともに、同僚はバケツいっぱいの氷水を次から次へと緒方曹長に浴びせ一万時間の苦労や汗を洗い流した。冬の屋外、冷たさも相当なはずだが、緒方曹長は笑顔で祝福のシャワーを味わった。
 花束贈呈式後、くす玉を割った緒方曹長は「皆様のおかげで、私は搭乗員として、人としてここまで成長できました」と感謝の気持ちを述べるとともに、「今後も確実に任務を行い次期飛行点検機サイテーションU680Aの導入準備を万全にし、『いいぞ点検隊、いいね点検隊』と言われるよう、部隊と共にさらに成長していきたいと思います」と今後の活躍を誓った。
 緒方曹長は新隊員225期で入隊。昭和62年7月に航空機整備員として第2輸送航空隊に配属。平成76年に第39期機上整備員課程を卒業後、機上整備員として2輸空隊、3輸空隊、飛行点検隊で勤務。これまでC-1輸送機に5464・9時間、YS-11飛行点検機に2307・6時間、U-125飛行点検機に2227・5時間搭乗し、この日見事1万時間を達成した。

20名が新たな門出
陸曹昇任式
<第15旅団>
 第15旅団(旅団長・原田智総陸将補=那覇)は、1月18日、那覇駐屯地において、航空自衛隊南西方面隊最先任上級曹長及び在沖米陸軍最先任上級曹長の陪列の下、3曹昇任式を行い、昨年7月及び本年1月に3等陸曹へ昇任した20名の門出を祝った。
 旅団最先任上級曹長の久場准陸尉は、「昇任おめでとうございます。今後は陸曹として後輩育成に努めて下さい」と激励の言葉を述べた。また、第51普通科連隊東江3陸曹は「陸曹になったということを深く認識をし、自らの心身を鍛え、技能を磨き、後輩の模範となれるよう一層努力します」と決意の言葉を述べた。

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