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自衛隊ニュース   981号 (2018年6月15日発行)
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ノーサイド
行かせる人と行かされる人

 「何だかんだ言っても、局長、所詮あなたが現地に行くことはないんでしょ!」
 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を機に制定されたテロ対策特措法に基づき、海上自衛隊の補給艦や掃海母艦、護衛艦のインド洋派遣について、その日私は自民党国防部会で説明し質疑に対応していました。そのとき国会議員の一人から投げかけられた一言です。「もっと、実際に行かされる隊員や家族の立場に立って考えるべきだ」
 その後も東ティモールやイラク等へ自衛隊員の派遣は続きました。私自身は、どこに行かされることもなく、いわば行かせる立場のまま防衛省・自衛隊を退職しました。
 そんな中、今でも思い出すのは、2004年2月に厳寒の旭川で行われた第1次イラク復興支援群の出発式。いよいよイラクのサマワに向け出発のときが来ました。家族の皆さんが大きな声援と涙で見送る中、口を真一文字に結んで正面を見据えて行進して行く派遣隊員の皆さん。
 もちろん戦闘行為が行われている地域に行くわけではありません。しかし、自ら行く意思を表明しているとはいえ、命令を受けて現地に行かされる隊員の皆さんも家族の皆さんも、何とも言いようのない不安だったと思います。そのとき拍手を送りながら見送っている私の中に浮かんで来たのは、さまざまな記録映画等で観て来た出征兵士の皆さんと息子や夫を歓呼の声で見送っている家族の皆さんの姿でした…。
 その後2次隊、3次隊と進むにつれ、出発時の雰囲気は徐々にですが、確かに変わって来ました。
 しかし宿営地に迫撃砲弾が撃ち込まれる事案が発生するなど、日本にいる私たちの緊張も一貫して続きました。この間、現地に派遣された隊員そしてその家族の皆さんの気持ちは、いかばかりだったでしょう。
・・・今、私がこのようなことを思い出すキッカケとなったのは、次の3点です。
 第一にいわゆる「日報」問題により、厳しい状況の下でオペレーションが展開されたイラクや南スーダンにおける「日報」の内容が種々報道される中、20万人を超える犠牲者を出した沖縄戦の組織的戦闘が終結した6月23日を、今年も間もなく迎えることからです。
 糸満市摩文仁の平和記念公園にて行われる「平成30年沖縄全戦没者追悼式」には、自衛隊の最高指揮官たる首相はじめ自衛隊の統括責任者である防衛大臣も参列されることでしょう。
 もちろん、今は昔の日本とは全く違いますが、厳しい国際軍事情勢の中で自衛隊の任務は拡大し、隊員の責任は一層重くなっています。首相、防衛大臣は、いずれも隊員を行かせる人のトップであり、行かせられる人ではありません。
 第二は、日大アメリカンフットボール部による悪質な反則行為の生起です。特に監督・コーチの選手に対する反則行為実施の指示の有無と反則選手を含めた責任問題。更に日大当局の事後対応の悪さと危機管理の稚拙さ、監督と選手との間の緊密な信頼関係の不在があります。
 そして第三に、最近読んだ吉田裕著「日本軍兵士-アジア・太平洋戦争の現実」(中公新書)と鴻上尚史著「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」(講談社現代新書)が挙げられます。更に、かつて読んだ尾川正二著「死の島ニューギニア」(光文社NF文庫)や大岡昇平の「野火」「俘虜記」を思い出したからです。行かされた一兵士が体験する現場でのギリギリの状況と行かせる側の論理や対応のひどさ。
 昨年来評判の吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」の中で、叔父さんがコペルくんに語っている言葉もキッカケの一つになりました。
 防衛省・自衛隊では、今後とも各種施策の立案・施行に際しては、どこまでも行かされる立場の隊員とその家族について思いやる、可能な限りきめ細かなフォローを続けて行っていただきたいと思います。

  
北原 巖男(きたはらいわお)
 中央大学。70歳。長野県伊那市高遠町出身。元防衛施設庁長官。元東ティモール大使。現(一社)日本東ティモール協会会長


整備等関連業務研修
<航空支援集団・飛行点検隊>
 4月3日、埼玉県にある入間基地所在の飛行点検隊は、YS-11FC飛行点検機の定期整備を担っている株式会社日本飛行機(神奈川県厚木市)において整備等の関連業務の研修を行った。
 参加者は、隊本部装備班長山下1尉初め搭乗員・航空機整備員・機上無線整備員ら14名。航空機の組立、修理、整備等の各種工程の見学及び工場における安全管理活動の研修の後、日本飛行機の社員らと意見交換を行った。
 研修に参加した隊員からは、「整備等の業務を研修することにより、その重要性等の意義を肌で感じた」「今後導入予定の次期飛行点検機に係る業務の参考としたい」「人的な交流を図ることにより、今後の各種知見の向上の資となった」等の感想が聞かれた。飛行点検隊は、人的な交流等も行い、今後の知見向上の資とすることができたとしている。

岩国飛行場から三沢基地への訓練移転
<空自>
 5月9日から5月24、米軍再編に係る岩国飛行場から航空自衛隊三沢基地への訓練移転(共同訓練)を行った。これは、平成18年5月の再編実施のための日米ロードマップに基づき行われ、今迄国内で51回、グアム等で36回行われており、今回で87回目となる。
 三沢基地では、戦闘機戦闘訓練及び空対地射爆撃訓練等が行われ、米軍から第12海兵航空群(岩国)、空自から第3航空団(三沢)第2航空団(千歳)警戒航空隊(浜松)北部航空警戒管制団(三沢)第6高射群(三沢)第3高射群(千歳)が参加し、二国間の相互運用性の向上を図った。

海上自衛隊航空集団司令官来訪
 海上自衛隊航空集団司令官(杉本孝幸海将)は5月31日・6月1日の間ジブチ共和国に所在する自衛隊の拠点を来訪した。
 航空集団司令官は、P-3Cによる警戒監視飛行、活動拠点施設等を視察し、隊員の労をねぎらうとともに、厳しい環境ではあるが、隊員一人一人が海賊対処行動の意識を再度認識し、日本の代表として任務に邁進する旨激励した。
 また、航空集団司令官は、在ジブチ日本国大使館を表敬するとともに、ジブチ国軍、米軍キャンプレモニエ、派遣海賊対処行動水上部隊を訪問した。

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