防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   948号 (2017年2月1日発行)
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HOME's English Class
(防衛ホーム英語教室)
イッツ ビン ヘティック
It's been hectic!
最近超忙しい!

 1月の寒さと雪はかなり厳しいものがありましたね。マイナスの気温のなか、早朝の通勤散歩は、肉体的には厳しいものがあります。張りつめたような空気とつめたい北風に向かいながらも、ふと桜の木に目をやると、すでに蕾ができ始めています。自然の草木は春に向かって準備を進めています。年度末の締めくくりと新年度への準備をしっかりとしていきたいと思っています。

 今回のフレーズは"It's been hectic!"「最近は超忙しい」です。ずーと忙しい状態が続いている表現です。年度末に向かって、多用な日々が続きそうな時期には、ぴったりな表現かもしれません。よくつかわれるbusy(忙しい)は、"I'm busy"「忙しいです」と表現しますが、hecticは、"I'm hectic."とは、言いません。"It is hectic" "It was hectic"と表現します。I'm hecticとすると、「私は慌ただしい人です」という変な表現になってしまいます。hecticは、「ものすごく忙しい、超多忙な状態、大変慌ただしい」ことを意味します。物事が差し迫って、おちつきなく、急いだりあわてたりする様子が表現できます。一日の状況や、それまでの状況を振り返って、超忙しいと表現するときは、"It was hectic!"がいいと思います。

 1月の下旬に、今年度の予備自衛官招集訓練に参加してきました。武山駐屯地第117教育大隊第339教育中隊の皆様、大変お世話になりました。素晴らしく充実した実り多い訓練が実施できました。またよろしくお願いいたします。今年は、予想通り、1月から飛ばしています。(笑)まだまだ寒い日が続くと思いますが、ストレスの少ない、陽気で楽しい生活をお楽しみください。
〈スワタケル〉


防衛ホーム 俳句コーナー
虫籠窓遺る商家の雛飾る     久保 英美
頬擦りて猫が餌を乞ふ春炬燵   山口 生石
草餅や故郷に母似の姉の居り   氷川 杜夫
寒卵割れずに妻を待つ身かな   加川 師享
春禽の声の溢るる知事公舎    山崎 明子
敷藁を分けて擡げし菖蒲の芽   吉川 道男
雪道を踏みしめ夫の診察へ    高橋 幸子
花菜風内房線の無人駅      斎藤 一向
松の葉の輝き滲む春の雪     足立  徹
実朝の海隠やかに蜜柑山     阿部久美子
野梅咲きこの道素通りにはできず 大谷 弥栄
春立ちてより止めどなき雪の日々 小川 淑子
雨空に紛れ辛夷の芽のふふむ   制野 和子
採りたての菜を山積みに梅見茶屋 中村 かよ
雪吊の空の一途に遠くなり    藤原 あい
下萌や畦のそこここもぐら塚   増田 直美
海光のかぎりなかりし軒氷柱   亀田多珂子
選 者 吟
地に影を仄かに曳きて梅ふふむ  成川 雅夫

スポーツよもやま話
根岸直樹
故・荒川 博(元プロ野球監督)
世界の王を生んだ名指導者
 「最近、日時の経つのがやけに早く感じるようになっちゃって…」と、新しい年を迎えたばかりだというのに、王貞治さん(76)=ソフトバンク球団会長=がつぶやいた。「荒川さんが亡くなってから、もう2カ月ですよ」というのだ。
 「荒川さん」というのは、王選手にあの「一本足打法」を伝授した荒川博さん(毎日ー巨人コーチーヤクルト監督、享年86歳)のことだ。
 王選手が868本の本塁打をマーク「世界の王」と名を馳せたのは、荒川コーチあってのことだった。
 話は古くなるが、荒川さんが王に初めて出会ったのは、自宅近くの東京・墨田公園で、王が少年野球をやっていたときのことだという。少年らしくない、飛び抜けた素質をひと目で見抜いた荒川さんは、そのとき右打ちだった王に「左で打ってみな」と声を掛けたそうだ。
 荒川さんは現役を引退(毎日で実動9年)、巨人のコーチに就任し、王に再会する。巨人入り後3年間、鳴かず飛ばずだった王が、荒川コーチと再会後「一本足打法」を伝授され、見事に開花する話は、野球ファンなら誰でもがすでにご存知のことと思う。
 「いろいろあって、話し出したら切が無い」と、王さんが言ってくれたことを思い出す。当時、早稲田実業高正門前にあった荒川さん宅に通いつめ、畳が擦り切れるほど何度も素振りを続けた話は有名だ。合気道の気合を一本足打法に活用するため、真剣で天井から吊るした紙切れを切ったり、巻きワラを切断したのも、その時の逸話だ。
 荒川さんがいつか「王もひと一倍練習熱心な男だったが、それ以上熱心だったのが、早実の先輩・榎本喜八(毎日ー大毎ー西鉄、故人)だった。あいつがもっと頭が柔らかかったら、王以上の打者になっていたかも…」と話してくれたのを思い出した。榎本は「安打製造機」とまで言われた選手だったが「クソ真面目過ぎて…」話題を提供することが少なかった。
 それでも、荒川さんから「下半身が弱い」と指摘されると、東京・練馬の自宅から、今は都営団地になっている南千住の「東京スタジアム」(元大毎オーナー・永田雅一氏建立)まで走って通ったり、西鉄移籍後、監督から「代打」指名を受けながら、じっとベンチで座禅を組んだまま動かず、仲間に引っ張り出されたり「奇行」が多かった。しかし、個人として新人王(昭和30年)、首位打者(35、41年)など、多くの記録を残した一流選手だった。
 「俺は荒川道場の2番弟子。1番弟子はやっぱり榎本さんですね。それにしても、あの頃はいろいろなことがあった。これからのプロ野球選手も、ファンに喜んでもらえる楽しい話題を、どんどん提供して欲しいものですね」。王会長は、いつまでも当時を偲んでいた。

「頑張っています」新しい職場
活躍するOBシリーズ
元気・やる気・本気
  (株)ニッセーデリカ福島 青山 周憲
青山氏(中央)は平成24年3月、陸上自衛隊第44普通科連隊本部管理中隊を陸士長で退官。30歳
 私は、平成24年3月に第44普通科連隊本部管理中隊衛生小隊を最後に任期満了(2任期)退職をしました。
 遡れば8年前、うだつの上がらない私が偶然地本の方と知り合ったのが始まりでした。地本の方から自衛隊の話を聞いているうちに、「なんとなく今の自分を変えらえるかも」という思いが湧き上がり、自衛官採用試験を受験することにしました。
 その後、採用試験に合格するために猛勉強をし、そして努力が実り合格することができました。
 自衛官としての生活は、今まで経験したこともないようなことばかりでした。新隊員教育課程での団体生活や厳しい訓練、そして部隊配属となった後も、各種部隊訓練及び演習、東日本大震災での災害派遣など、民間では経験することもできないことを重ねるうち、私の心は鍛えられ鉄のように硬く強固になっていくのを感じることができました。
 入隊前の私を知る方々からは、今の私はまるで別人に見えるとよく言われます。それほどまでに、自衛隊での経験は私の人生に非常に大きな影響を与えてくれました。
 そして訪れた2任期満了の時、「陸曹を目指す」か「民間へ再就職」をするのか悩みました。結論としては、さらに知見を広げるため「民間へ再就職」することを決心しました。
 私は現在、福島県にある株式会社ニッセーデリカ福島の一員として業務に邁進しております。
 この会社は、セブンイレブン・ジャパン様向けの麺類製品を製造する企業です。
 業務は、商品開発部門で商品開発をしています。入社当初は、今までの経験(自衛隊での4年間)とはまるで畑違いな仕事で、大変苦労をしました。
 多くの困難が幾度も立ち塞がりました。そのたびに、私は、自衛隊で経験した度重なる苦境を乗り越えた気力・体力で困難を乗り越えることができました。その結果、今までに20を超える商品の開発を任されてきました。そしてその困難を、強固に鍛えられた心で乗り切ることがお客様の笑顔に繋がると確信し行動しています。
 また、取引先と直接顔を合わせる機会が多くあり、一流企業の考え方を直に見て・聞いて・感じることができ、自らの見識を深めることでお客様の幸せを作るお手伝いができる、大変恵まれた環境に身を置くことができたのだと実感しています。
 最後に、私は、自衛隊での4年間で鉄の心を研ぎ澄ますことができました。今後、さらに鋭く輝いて多くの人の人生を少しでも明るく照らしていけるように、私を鍛えてくれた環境と仲間に感謝をし、元気・やる気・本気をもって自らを磨き精進して参りたいと思います。

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