防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
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自衛隊ニュース   945号 (2016年12月15日発行)
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即応予備自衛官雇用企業主研修
〈31普連〉
 31連隊は11月6日から7日にかけて、即応予備自衛官の雇用企業主等約50名に対し、駒門駐屯地及び東富士演習場において訓練研修を実施した。
 この研修は、即応予備自衛官を雇用する企業主等の方々に即応予備自衛官制度及び自衛隊に対する理解の促進と信頼の獲得を図ることを目的として毎年実施している。研修1日目は、駒門駐屯地隊員食堂で体験喫食をした後、即応予備自衛官制度の説明及び74式戦車の体験搭乗を実施した。体験搭乗において研修者は、初めて搭乗する戦車のエンジン音や砂ぼこりを上げて走る本物の迫力に感動していた。2日目は駒門駐屯地の歴史資料館を見学した後、演習場で迫撃砲分隊及び対戦車分隊の陣地進入、87ATM実距離誘導訓練を研修し、それぞれの企業主は自社で働く社員が自衛官としていつもとは違う姿で訓練にひたむきに取り組む姿に感激していた。
 研修が終了し、参加者からは「この研修に来て自衛隊のことがわかり本当に良かった。」「社員が自衛隊で訓練している姿を見てとても頼もしく思った。」との言葉が聞かれるなど、充実した研修となった。

さらば管理官倉庫
〈33普連〉
 駐屯地西側にどっしりと構える木造2階建ての建物、通称「管理官倉庫」として呼ばれる建物がある。自衛隊に入隊し久居駐屯地で教育を受ける隊員は、皆ここで自衛官としての被服一式を支給される。思い起こせば私も生まれ育った名古屋の地を離れ、32年前久居のこの地で自衛官としてのスタートを切った際、管理官倉庫で慌しく被服を受領した事を昨日の様に思い起こします。
 この思い出がある「管理官倉庫」も平成9年から持越しされていた津市との用地交換がいよいよ実現し、これに伴い取り壊しとなります。工事は今年度から来年度にかけて逐次工事が進み、予定では、来年2月以降から順次取り壊しの工事が進むものと思われます。管理官倉庫を使用する最後の補給科長としてその歴史を私の知る限りで簡単に振り返りたいと思います。
 「管理官倉庫」は、昭和初頭に旧軍の33連隊の歩兵・砲兵・通信班の兵舎として建設されました。その後、終戦を向かえ久居駐屯地は空襲で焼失した三重交通や津中学(現在の津高校)、津工業が一時期使用していました。この中で「管理官倉庫」は、津中学が校舎として使用していたそうです。その後、昭和27年警察予備隊が発足し、久居駐屯地にも警察予備隊が誘致され、駐屯地としての復活を遂げております。この際、「管理官倉庫」がどのように使用されていたかは不明ですが、当時、昭和33年に現在の第10師団の前進である第10混成団司令部が久居駐屯地に駐屯し、元々あった旧軍の連隊本部を使用していたと思われますので、憶測ですが「管理官倉庫」は、当時の主力部隊である第14普通科連隊第3大隊の大隊本部が使用していたと思われます。当時の写真には、開設当初の明治40年に建てられた建物の中でひときわ目立つ白壁の建物として存在をしていたようです。その後、昭和37年の改編で、第3大隊は第33普通科連隊に改編され当時は連隊本部として使用されました。現在の久居駐屯地の住所は、この管理官倉庫の地番である「新町975番地」が使用されています。
 ちなみに用地交換で取り壊しになりますが地番は変わらないそうです。その後、昭和48年に現在の本部隊舎が竣工するまでの間、連隊本部隊舎として、その任を全うされていたと思われます。連隊本部移転後は、管理官倉庫として業務隊が管理し、隊員の被服や補給品を管理する倉庫として現在に至ります。
 この管理官倉庫もやがて取り壊され、いずれは、その存在すら知られなくなる時代も来ることでしょう。過去を知る者として忍びないことから読者の諸先輩方々にお願いがあります。管理官倉庫の歴史について詳しい方がお見えになりましたら、その歴史についてご教授いただけたら幸いです。駐屯地の歴史の一つのページとして留めておきたいと思います。(補給科長・成田典正1陸尉)

第55回全自衛隊合気道演武大会
 12月3日、第55回全自衛隊合気道演武大会(主催・防衛省合気道連合会、後援・(公財)合気道、防衛ホーム新聞社等)が市ヶ谷地区厚生棟体育館で開催された。全国の20を超える支部をはじめ、連合会会長・西正典参段(防衛大臣政策参与)、大会委員長代理・菅原憲二七段、OB高段者が、日頃の修練の成果を次々と披露した。全ての支部やOBが演武を終えた後、合気道道主・植芝守央先生の総合演武が行われ、滅多に目にすることのない貴重な機会を一瞬も見逃すまいと、参加者達は固唾を飲んで演武を見つめていた。
 合気道は心身の練成を図ることを目的とし、他人と優劣を競わない武道のため、演武会では、経験や参加人数に関係なく全員が同じ土俵に立ち、それぞれが決まった時間内に最大限の稽古の成果を出そうとしていた。
 西連合会会長は閉会の辞で、「各支部とも『受け』『取り』非常にバランスがよく、それぞれの修練が非常に工夫されて行われている事に感心しました」と述べ、参加者に労いの言葉を送った。
 ○優秀支部は以下のとおり▽防衛大学校▽入間(空)▽府中(空)▽横須賀(海)▽目黒(陸)○長年、自衛隊合気道の発展に多大な貢献をした功労隊員表彰者は以下のとおり▽尾瀬五段(目黒)▽今村五段(岐阜)▽富岡五段(市ヶ谷)▽飯田参段(島松)▽梅本参段(善通寺)

飛行点検機後継機種決定
〈飛行点検隊〉
 12月1日、防衛省は航空自衛隊の飛行点検機として、テキストロン・アビエーション社製「サイテーション680A」を選定した。これは、現有機のYS-11FCの後継、本年4月の航空事故で失われたU-125の補完として新たに取得するもので、総取得機数は3機、1機約33・4億円。
 取得にあたり、予め定めた手続きによって機種選定を実施し、本年8月、提案要求書及び評価基準書を定めた。本年10月、兼松(株)双日(株)三井物産エアロスペース(株)の3社からの提案書を受領し、提案機種の分析及び評価作業等を行った結果として、「サイテーション680A」を新たな飛行点検機として決定した。

ヨルダン国王から記念品
戦艦「三笠」模型
 〈河野統幕長〉
 12月5日、ヨルダン王国のアブドゥッラー2世・ビン・アル=フセイン国王の名代として、ディマイ・ズヘール・モハンマド・ハッダード駐日特命全権大使が防衛省を訪問し、河野克俊統合幕僚長へ記念品を贈呈した。今回贈呈されたのは、日本海海戦で活躍した戦艦「三笠」の模型(縦約75cm、横約160cm、高さ約100cm、重量約145kg)。
 ディマイ駐日大使は、自衛隊の国際活動に対し敬意を表するとともに、戦艦「三笠」の模型を贈呈したのは、国王がその歴史を知った際に、自衛隊への認識を体現していると悟ったからであると明かした。「どんなに困難で危険な状況にあっても自衛隊の隊員が、日本を特別で偉大な国家ならしめているものを守ろうとするとき、何者もその任務の完遂を止めることができない」と述べた。
 河野統幕長は謝辞を述べ、昨年5月のヨルダン公式訪問、今年10月の「日-ヨルダン防衛協力及び交流に関する覚書」署名に触れ「両国の関係がさらに発展し、嬉しく思っています」と述べた。

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