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自衛隊ニュース   2013年10月1日号
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寄せ書き
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やぐらに上がり続け45年
大臣官房広報課 准陸尉 須賀芳夫

 7月25日、練馬駐屯地納涼盆踊り大会が行われ、自衛官として最後の太鼓を打つことができました。
 小学3年(9歳)の時に地元の町会で太鼓を習い始め、昭和43年から盆踊りのやぐらに上がり昭和53年3月、第1普通科連隊に入隊し練馬駐屯地で自衛隊デビュー! 今年で延べ45年間盆踊りの太鼓を打ち続けています。
 今でも懐かしいのが新隊員の時の話で、当時の練馬駐屯地にはあまり太鼓を打てる方がいなく、希望者が集まったところで「新隊員が太鼓打てるのか!」と、いきなり一喝、「はい、打てます」と二つ返事で返し、おきまりのリズム打ちから三つ打ち、連打など披露し最後は借りたバチを折ってしまい周囲の方々を驚かしたことです。
 身分は2士でも太鼓の知識と技術は入隊前から仕込まれており、陸士から幹部まで多くの方々の技術指導もさせていただきました。
 盆踊りでは、打ち手が大勢いる時はやぐらの上も大変賑やかで、かけ声も出てとても楽しいものですが、打ち手が少ない時は大変で私一人しかいなかった時は2時間打ちっぱなしの時もありました。打ち続けて握力が無くなりバチが握れなくなった両手をテーピングでバチを巻き付け固定し最後まで打ち切った年もありました。
 入校先でもその駐屯地で盆踊りがあればマイ・バチを持って太鼓を打たせてもらいましたが、自衛隊体育学校に剣道課程の学生として入校していた年は、さすがに体力的にも時間的にも無理と思っていましたが、練馬駐屯地からSOSが入り、剣道課程の教官から「みんなおまえを頼りにしているんだろ、なら行って来い!」その一言でその年もやぐらに立つことができました。
 平成2年、東京地方連絡部(市ヶ谷)に転属しても練馬駐屯地の太鼓支援は続き、陸上自衛隊曹友会が発足し本部役員に上番してからは活動の幅も広がり、司会進行も手がけるようになりました。盆踊りで司会進行をしながら太鼓を打つ、二役を演じバチさばきに加えマイクパフォーマンスが口こみで広がり来場者が倍以上になり、当時の駐屯地司令から感謝状をいただいたこともありました。
 また平成12年、防衛庁が市ヶ谷へ移転し初めての納涼盆踊り大会では、みんなが手探りで心配する中、そんな心配事など一気に吹き飛ばす勢いで会場を盛り上げ太鼓を打ち続けたことなどつい昨日のように思い出されます。
 今年の11月に制服を脱ぎますが地域のため、みんなのためにアクセル全開でまだまだ頑張りたいと思います。

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中隊一の男前は俺だ!
第7普通科連隊(福知山) 陸士長 田中峻也

 今年8月8日の駐屯地夏祭りにおいて、第5中隊の出展する模擬売店の前で行われた「男前選手権」で、私は中隊一の男前に選ばれました。
 この選手権は今回で6回目を数え、創立記念行事と駐屯地夏祭りの年2回実施され、1位に選ばれると次の選手権までの間、勤務隊舎の玄関に大きなポスターが掲示されるという名誉を与えられます。また、第5中隊はこの男前選手権によって、ほかの中隊に比べて夏祭りおよび記念行事に、より地域との交流が図れていると思いますので、これからも続けてほしいと思います。
 先日の男前選手権で投票していただいた地域の皆様方、ならびに女性自衛官の方々、そして駐屯地マザー様、第5中隊広報陸曹には心より感謝しております。次回の男前選手権にも参加し駐屯地を盛り上げ地域との交流を深めていきたいと思います。

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かわいい応援団が来隊
中部方面混成団(大津) 3陸曹 和田祐里

 夏のとある日。
 部外から「自衛隊を夏休みの自由研究の題材にしたい、と娘が言っているので、駐屯地にうかがっていいですか?」という小学4年生の娘さんのお母さんからの電話があった。
 なんでも駐屯地近傍にお住まいで、娘さんは駐屯地の前を通るたびに自衛隊が気になって仕方がなかったらしい。
 そして後日、お母さんと妹さんと3人で、目をキラキラさせながらやってきて、自衛隊について様々な質問を投げかけてきた。
 また、陸曹教育隊の障害走を見学したり、駐屯地内に展示されている戦車や戦闘機の前で記念撮影したりして、初めて目にする自衛隊にお母さん共々、大はしゃぎであった。
 それから約1ヵ月後、「できた自由研究を、ぜひ見てもらいたい」と駐屯地を再度訪れ、力作の研究成果を見せてくれた。そして姉妹で一生懸命に書いてくれた心温まる似顔絵付の手紙をくれた。私の案内が少しでも役に立って喜んでくれたと思うと、とても感動した。そして、このように少女たちも自衛隊に興味を持ってくれていることが私の励みとなった。
 今後も広報陸曹として、より多くの方々に自衛隊に対して興味を持っていただけるよう、PR活動の一翼を担っていきたいと思う。

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頑張っている夫を支える
第17普通科連隊(山口) 横山辰則3陸曹の夫人 横山恵美

 平成25年2月6日に入籍し、4月1日から新婚生活が始まりました。
 新しい生活を始めて思うことは演習や当直などが多く長期間、家を留守にすることもあるので淋しい思いもあり、これから子供が生まれるのにそばにいないのでとても不安になることです。やっぱり出産のときはそばにいて欲しいものです。
 また、自衛官には転勤があり、どこに転勤になるのか分らないことがとても不安ですが、私の父親は元自衛官で私が小さい頃から転勤をしており、転勤は大変で悪いイメージが強いですが、私の経験として他の地方で色々な友達ができて、とても良かったと思っています。他県の友達とは今でも連絡し合っています。もし、この先転勤になっても生まれてくる子供にとっても苦にならなければ幸いです。そのためには親2人がしっかりしないといけませんが…(笑)。
 最後に、夫と結婚して良かったと思うことは国のため、人のために働いていると感じるときです。本当に毎日毎日、汗水流して頑張っている姿はカッコイイと思います(照)。
 頑張っている夫をこれからも私なりに支えていけたらと思います。

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感謝込めアイロン掛け
第17普通科連隊(山口) 伊藤智也3陸曹の夫人 伊藤佳代

 私たちが結婚して2年が経とうとしています。結婚した当初、私も自衛官として山口駐屯地に転勤してきたばかりで新しい職場、ほとんど訪れたことのない場所など、戸惑うことも多々ありました。そんな時、主人が私の支えになってくれました。
 また、長女を妊娠中、私の体調が優れない時、主人は自分の物だけでなく、私の戦闘服にもアイロン掛けをしてくれていました。自衛隊を退職した現在も、とても感謝しています。
 結婚した当初より主人の階級も変わり、責任感を持って勤務していることが以前にも増して伝わってきます。主人の戦闘服にアイロン掛けをしながら、私は主人への感謝の気持ちを込めています。
 これからは今まで以上に主人のサポートをしていきたいと考えています。そして主人や、お世話になった先輩、後輩方へ私なりに恩返しをしたいと思います。


「頑張っています」新しい職場
活躍するOBシリーズ
久光製薬(株) 藤松 孝宏
全身全霊かけ信頼を勝ち取る
藤松氏は平成23年10月、佐賀地方協力本部目達原援護室を1陸尉で定年退職。55歳

 「言い訳するな、まずやってみよう」「できない理由よりできる方法を考えよ」「心配を先取りするな」「困らなければ知恵は出ない」、私の一日はこの唱和で始まる。
 構内にはゴミひとつなく、歩行者は決められた通路を近道することなく整然と歩き、すれ違いざまには大きな声で必ず挨拶する。「お客様第一主義!」「さすが一流の企業の躾はしっかりしているな!」これが私の新しい職場での第一印象でした。
 平成23年10月、製薬会社の構内物流課へ再就職し早いもので2年目となりました。製品を工場から物流倉庫へ搬入し、出荷判定に合格した製品を出荷するのが主な仕事です。一日の大半がトラックとフォークリフトの運転で「時間との勝負」であり緊張感がある仕事です。
 入社当初は、前任者の半分程度しか仕事ができず焦って失敗の連続でした。再就職した時点で会社の就業規則に従うこととなり、時間(10分単位)が給与となり勝手に残業することも許されないのが現実で、50歳を超え1分1秒の大切さが薄れていたことに気付きました。また、良かれと思い勢いでやってしまい、逆に職場のチームワークを乱してしまったりと、正当性を求めるより色々な考えの人と協力し合う協調性が不可欠だと改めて感じました。
 今に満足せず自分が選んだ会社に骨を埋める覚悟とチャレンジ精神を持ち、向上心を継続することで第二の人生においても充実感を味わうことができると思います。
 定年まで自衛官として任務を全うしてきたことは誇りであり、厳しい訓練で培ったものは自信であり、困難にぶつかった時こそが実力を発揮できるチャンスなのです。
 最後に、再就職される皆様へ。景気は良くなってきているとはいえ、適職が少ないのが現実です。腹を決めて入社し全身全霊をかけて会社のために尽くすことで信頼を勝ち取ることができ、自分のやり方で仕事ができるようになることで責任感が生まれ、適職と感じてくるのではないでしょうか。日々チャレンジです。


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