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自衛隊ニュース   2012年11月1日号
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日高司令官
「最後まで誇り持ち職務に専念せよ」
CRF司令部でハイチ撤収支援隊の出国式

 ハイチ撤収支援隊の出国式が10月18日、朝霞駐屯地にある中央即応集団(司令官・日高井政広陸将)の司令部で行われた。
 同支援隊は補給統制本部と関東補給処を基幹とした45名の隊員で編成。ハイチ派遣国際救援隊の一部として、装備品輸送の技術的指導・援助、民間業者の役務の監督などを行う。
 隊長の神成健一1陸佐(十条)は「最後、いままで救援隊が活動してきた成果を、さらに拡充するような仕事をしてきたい」と抱負を述べた。
 日高司令官は訓示で「撤収業務は複雑かつ広範多岐にわたる。現地情勢を的確に把握し、不測事態への対応を準備するなどオペレーションの中で最も困難で神経を使う任務となるであろう。我々CRF司令部は13時間の時差を排し、常に諸官と連携を密にして、最大限のバックアップ態勢を取る所存である。諸官はハイチ派遣国際救援隊最後の要員として、有終の美を飾るべく最後まで誇りを持って職務に専念してもらいたい。諸官の活躍を大いに期待している」と述べ、隊員たちを激励した。
 同支援隊は来年1月末までに帰国する予定。
国連PKO局次長「日本の任務を引き継げる国はない」
 「誇張ではなく何万もの命を救った。日本と同様の能力を持ち、日本の任務を引き継げる国は残念ながら見つからない」—ハイチにおける自衛隊の救援活動について、前ハイチ安定化ミッション特別代表で国連PKO局のミュレ次長はこのように語った。
 これまで自衛隊は施設部隊のPKOでは過去最長の2年半以上の活動を行った。
 国境道整備や公共施設の瓦礫除去など200件以上に従事。米国と共同で学校や診療所の建設、韓国と共同で病院建設用地の造成、国連予算による孤児院や洗濯場の建設なども行った。
 なかでも「絆プロジェクト」と名付けた自衛隊による人材育成策では、施設器材操作教育によりハイチ人29名が国家資格を取得。検討されている器材譲渡のために7名に対し整備教育を行い、ハイチの公的資格を付与する予定となっている。


7年ぶり日本が勝利
ソフトボール
日米の情報部門担当者がスポーツ交流
家族も参加で

 日米の情報部門の担当者が集い9月29日、東京都稲城市の多摩ヒルズレクリエーションエリアで親善交歓行事が行われた。
 家族を含む参加人数は日本側から情報本部運用支援担当情報官及び統合情報本部の約120名、米側から在日米軍司令部情報部の約60名。日米の情報部のスピーチに始まり、ソフトボール表彰式、記念ケーキカットなどのセレモニーを経てスポーツ行事が行われた。親善交歓ソフトボールでは、例年、日側が僅差で敗北していたが、練習の成果により、17対0で勝利することができた(日側の勝利は7年ぶり)。親善ソフトボールについては、日米連合チーム同士の試合も提案されるなど、今後の交流促進に意欲的な発言があった。
 天候にも恵まれソフトボールのほかミニゴルフ、アーチェリー、サッカー、乗馬、ポニーライドなどを楽しみ、日米情報部家族間の交流を図ることで、その関係深化に大きく貢献した。


海外からの便り
ハイチ 南スーダン
愛する妻に感謝込めて
3陸曹 十佐近清士
 ハイチに到着し、飛行機から降りた時の第一印象は「暑い」でした。私は今、入隊時からの夢であり、憧れであった国際平和協力活動にハイチ派遣国際救援隊の油圧ショベル操作陸曹として派遣されています。しかし入隊時から熱望していたとはいえ、いざ派遣となると色々と不安もありました。
 その不安は大きく3つあり、1つ目は初めての異国の地における生活に対する不安であり、2つ目は「これまで訓練で培ってきた自分の技能や経験が国際任務においても通じるか」という不安であり、そして最も不安だったことは妻を一人、日本に残していくことでした。今は生活にも慣れ、活動も始まり、妻からの激励を胸に、任務に邁進できています。改めて家族の支えを実感しました。 
 私の最初の任務はネパール隊宿営地の側溝整備であり、暑さに耐えながら油圧ショベルを駆使して任務を遂行しました。今は「KIZUNAプロジェクト」という、ハイチの人々に重機の操作要領などを教えるプロジェクトに安全係として参加しています。現地の人々は本当に素直に、かつ熱心に教育を受けています。参加者全員が無事に免許を取得できるように、微力ながら全力でサポートしていきます。
 最後に、これからも自分に与えられた任務を遂行し、仲間とともに水や緑の豊かな日本へ帰ります。そして無事に帰国した際には、愛する妻に感謝の意を込めて「ただいま」と伝えたいと思います。
任務充実で1日が早い
3陸曹 中越大和
 今回のハイチ派遣国際救援隊への派遣が初の国際任務です。また私の任務である施設の維持・管理などを行う営繕は、今までに一回も経験のない業務であったため、派遣前はハイチでやっていけるかどうか心配でした。しかし、さまざまな営繕業務を仲間とともに試行錯誤しつつ実施し、必死になって取り組むうちに、その不安の大部分は解消されました。ハイチにおける任務が充実しているせいか、1日が早く感じられます。また、おいしい食事、他国軍人との交流も任務遂行を支える糧となっています。
 ただ、車両の運転に関しては苦労しました。日本に比べてハイチの交通状況は劣悪なため、当初の車両操縦訓練を実施した後は、日本で運転した時の倍くらい疲れました。今は少しずつではありますが現地の交通状況にも慣れ、車両の操縦もスムーズになってきています。
 最後に、ハイチの経験を次に生かせるよう色々なことに挑戦したいと思っています。またハイチにおける日本隊の殿(しんがり)部隊として、しっかりとハイチ復興のために与えられた任務を完遂して、胸を張って帰国できるよう日々活動していきたいと思います。
家族への思い一層強く
3陸曹 石原陽介
 私は自衛隊入隊当初から国際平和協力活動への参加を熱望していました。そして念願叶い、ここアフリカの地において南スーダン共和国の国造りを支援するため日々、施設活動に力を注いでいます。
 派遣当初、40℃を超える生活環境にとても苦労しましたが、今では課業外に運動を楽しむほど体も慣れてきました。
 現在、南スーダンの季節は雨季であり雨の日が続くこともありますが、施設活動に支障が出るようなこともなく、与えられた任務を小隊一丸となって着実に遂行しています。装輪操縦手という職務上、特大型ダンプを操縦することが多く、宿営地外における操縦は日本とは全く違う交通事情の中、そのギャップに苦労しながらも安全運転を心掛け、活動しています。
 また、私は施設器材小隊で広報を担当しており、部隊便りを通じて日本で帰りを待っている隊員家族の皆様に、より多くの施設活動の状況を伝えられるように努力しています。
 日本では当たり前のことが当たり前ではない海外において任務を遂行していると、さまざまな人への感謝の気持ちや、支えてくれる家族への思いがより一層強くなるとともに「日本という国が、とても素晴らしい国だ」ということを改めて感じます。
 派遣されて約3ヵ月経ちましたが、初心を忘れず活動の軌跡を残せるように頑張ります。

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