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自衛隊ニュース   2012年6月15日号
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「軒を並べ日々連携」齊藤司令官 
航空総隊が横田移転記念式典

 航空総隊司令部(司令官・齊藤治和空将)の「横田移転記念式典」が5月30日、空自横田基地で行われた。
 在日米軍司令官バートン・フィールド中将、田中防衛大臣、陸海空の各幕僚長ら米軍と防衛省・自衛隊の幹部、また国会議員や周辺自治体首長ら多くの関係者、来賓が参列した。
 航空総隊司令部などの横田移転は2006年5月の日米安全保障協議委員会(いわゆる2+2)の際に発表された「再編実施のための日米ロードマップ」に定められたもので、ちょうど6年が経過し、この日、移転式典開催の運びとなった。
 齊<INLINE NAME="" COPY=OFF>総隊司令官は式辞で、今年3月の移転、運用開始以来の緊密な連携保持を強調した上で「日米同盟の更なる深化に寄与できるよう、隊員一同が努力する」と述べた。
 式典では、中部航空音楽隊(隊長・松井徹生2空佐)と米陸軍音楽隊第296アーミーバンドによる祝賀演奏(曲は「シルバー・ウイングス」と「スターズ・アンド・ストライプス」)のほか、総隊司令部と米5空軍司令部の間のF—1、F—86が展示されている中庭の写真を用いたステージ上での除幕式などが行われた。

【齊藤総隊司令官式辞】
 航空総隊司令部および関連する部隊の約760名の隊員は、本年3月26日をもって、ここ横田基地における運用を開始しました。まさにその翌日には、田中防衛大臣から「北朝鮮の弾道ミサイル等に対する破壊措置等の準備命令」を受領し、それ以降、日米司令部間で準備段階から実働段階に至るまで、切れ目なく、フェイス・トゥ・フェイスによる緊密な連携を保持し、対処に万全の態勢で臨むことができました。
 隣接し軒を並べた日米両司令部での日々の連携は、従来までの意思疎通の主体であった電話やテレビ会議では得がたい、人と人との付き合いから生まれる、強固な結びつきをもたらしてくれることを先般の北朝鮮の弾道ミサイル対処において学びました。また、文字通り24時間、基地内で共に過ごす合間に見る米軍将兵の姿、とりわけ若い兵士たちの姿は、彼らが生まれ故郷や親兄弟と遠く離れ、とまどいと不便さもきっと感じるであろう、この日本の地で軍務に服している同盟国の友人の姿であり、あらためて、この友人たちに敬意を抱く次第です。航空総隊司令部が日米同盟の更なる深化に寄与できるよう、隊員一同が努力することをお約束しまして、私の挨拶とさせていただきます。〈抜粋〉


テーマは「若さと希望 輝く未来へ」
市民と1周年祝う
東方混成団

 東部方面混成団(団長・二見弘幸1陸佐)は5月27日、横須賀市の武山駐屯地で創隊1周年記念を多数の来賓や約4500名の市民と共に祝った。
 テーマは「若さと希望 輝く未来へ」。観閲官の二見団長は「昨年度は課程教育、即応予備自衛官招集訓練など、延べ約6000名に対し教育訓練を実施した。今後もほとばしるような情熱をもって、厳しい任務を乗り越えていくことができる人材の育成に取り組むとともに、常に向上心を持ち前進していく」と述べた。
 今年4月に入隊したばかりの自衛官候補生などによる観閲行進や自衛隊体操などの訓練展示が行われ、新入隊員らの溌剌とした姿や迫力の展示に観客席から大きな拍手が送られた。


インド海軍が親善訪問
9日には初の共同訓練も

 6月5日、横須賀基地吉倉桟橋に親善訪問のため訪日インド海軍艦艇(指揮官=東部方面艦隊司令官アジット・クマール海軍少将)が入港した。インド海軍艦艇の横須賀への入港は5年ぶり3回目となる(訪日は4ヵ月ぶり20回目)。
 迎える日本側の指揮官は第1護衛隊群司令・糟井裕之海将補、ホストシップは護衛艦「はたかぜ」(艦長・関川秀樹2海佐)。
 午前8時前に観音崎沖浦賀水道を航行するインド海軍艦艇と海自観音崎礼砲台は互いの国旗に対しそれぞれ21発の礼砲を交換。9時頃に駆逐艦「ラナ」、補給艦「シャクティ」、フリゲート「シヴァリク」、コルベット「カルムク」からなる訪日艦艇が入港し、歓迎行事が行われた。訪日インド海軍はその後、6日にスポーツ交歓、7日に艦艇一般公開や軍楽隊演奏会などの行事を行い、9日に横須賀を出港、相模湾で護衛艦「おおなみ」「はたかぜ」などと初の日印共同訓練を行った。


パキスタン陸軍人事局長が来日
陸自の選抜制度など調査

 パキスタン陸軍司令部人事局長のシャヒッド・アフマド・ハシュマド少将ら5名が5月23日、陸幕人事部長・松村五郎陸将補を表敬訪問した。
 ハシュマド少将は、陸自の幹部・曹士の選抜制度と訓練体系の調査を目的として、同国軍の最上級人材育成組織である統合募集採用委員会の委員長アブドラ・カーン准将らと来日。
 一行はこの日、陸幕人事部のほか防衛省人事教育局、女性自衛官教育隊を、翌24日は防衛大学校、25日は富士学校を訪問した。


「戦車之碑慰霊祭」現職とOB50名で
久留米駐屯地

 久留米駐屯地(司令・永田伸二1陸佐)で5月13日、九州機甲会福岡分会主催「戦車之碑慰霊祭」が行われた。機甲科職種の現職とOB約50名が参加した。
 久留米駐は戦車部隊の発祥の地であり「戦車之碑」は大正14年5月に第1戦車隊が誕生したことを記念して旧戦車兵や機甲科隊員の手により、昭和49年5月に建立された。
 脇にある碑文は旧陸軍戦車隊士官を務めた作家の故・司馬遼太郎氏が、有志らの要請により考えたもの。
 (碑銘)
 大正十四年 この地に 日本最初の戦車隊が誕生した その後二十年 戦い日多く 戦域はひろがり ひとびとはこの車輌とともに生死し 昭和二十年 その歴史を閉じた 世々の価値観を越えて事実は後世に伝えらるべきものであるために その発祥を記念し この地に生き残れる者が相集い 死せしひとびとの霊を慰めつつ 戦車の碑を建てる
   旧戦車兵有志   九百八十余名
   陸上自衛隊機甲科   三五〇〇余名


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