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自衛隊ニュース   2011年4月1日号
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幹部自衛官の道へ
防大で卒業式
55期409名巣立つ

 防衛大学校(神奈川県横須賀市)の本科55期学生、理工学研究科前期課程48期学生、理工学研究科後期課程8期学生及び総合安全保障研究科前期課程13期学生の卒業式が3月20日、自衛隊最高指揮官の菅直人首相を迎え、同校記念講堂で行われた。
 午前10時、壇上に北澤俊美防衛大臣をはじめ防衛省・自衛隊の高級幹部、衆参国会議員、各国駐在武官、来賓多数が陪席する中、菅首相が臨場、防大儀仗隊による栄誉礼を受けたあと、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、全員で黙祷した。国歌斉唱に続いて、五百籏頭眞(いおきべ・まこと)校長が本科55期学生409名(うち女子37、留学生12)と研究科各学生計74名一人ひとりに卒業証書を授与した。
 学位記授与に続いて五百籏頭校長が登壇、自身が校長に着任した時の1年生が卒業を迎えるにあたって共に歩んだ様々な思い出を語りながら「21世紀の安全保障を担う立派な幹部自衛官になるよう」式辞を述べた。次いで、菅首相が訓辞の中で東北地方太平洋沖地震に対する災害派遣で、危険を顧みず、死力を尽くして活動を続ける隊員を称えながら卒業生に対して「大きな期待と責任を自覚し、新しい時代を切り開くよう」要望した。また、北澤防衛大臣が「今防衛省・自衛隊は、今回の地震対応のため総力を挙げて懸命の救援活動を続けており、卒業生諸君の先輩は国民とともに未曾有の危機を乗り越えるため、被災者の痛みを自らの痛みとして歯を食いしばっている」ことを強調しながら「諸君は、4年間の厳しい教育訓練に耐え、本校の伝統に従い『広い視野、科学的思考力、豊かな人間性』の涵養に努めてきた。卒業後も初心を忘れることなく、この地で培った同期の絆を財産として切磋琢磨を続け、国民から信頼される立派な自衛官となるよう」訓示した。来賓を代表して防大9期で拓殖大学大学院教授の森本敏氏が自らが歩んできた「国家に奉じる道」について触れ、「人の一生は学ぶことである。誠の心をもって自ら信じるところを進むよう」祝辞を述べたあと、五百籏頭校長に対して卒業生代表が力強く答辞。最後に、学生全員で声高らかに学生歌を斉唱して卒業式を終えた。
 引き続き、一般幹部候補生任命・宣誓が行われ、渡部悦和陸幕副長(陸幕長代理)が陸上要員188名(うち女子15)、河村克則海幕副長(海幕長代理)が海上要員103名(同10)、長島修照空幕副長(空幕長代理)が航空要員94名(同10)をそれぞれ任命、陸海空各代表が力強く宣誓したあと、壇上の菅首相に宣誓書を託し、固く握手を交わした。式典終了後に行われる恒例の帽子投げや観閲式などは、被災者の気持ちを慮って今年は取り止めとなった。


校名改称後、初の卒業式
高工校
市野校長「同期の絆大切に」

 高等工科学校(学校長・市野保己陸将補)で3月13日、第54期生徒233名の卒業式が行われた。22年度に少年工科学校から高等工科学校となって、初めての卒業式。前々日に東北関東大震災が発生したためか、父兄の席に空席も見えたが、胸をはり足音を揃えて堂々と卒業証書を受け取りに行く姿は凛々しかった。
 陸幕副長代理で教育訓練部長・岡部俊哉陸将補立会いのもと、東北関東大震災の犠牲者へ黙祷から始まり、横粂勝仁衆議院議員、小泉進次郎衆議院議員を始めとする部内外の大勢の来賓に見守られ一人一人に卒業証書が手渡された。
 市野学校長からは「目標を立て努力せよ」「同期の絆を大切に」「応援している職員がここにはいる」と式辞が送られた。また、来賓の小泉進次郎衆議院議員の贈る言葉「3年に亘って自衛官としての自覚を持てと言われ続けたと思う。自衛官としての誇りが自信になる」を聞き深くうなずく生徒たち。
 「今回の地震の災害派遣に早く行きたい」という生徒の親は頼もしそうに自分の息子を見守っていた。


懇話会9人が習志野訪問
1高群部内駅伝も見学

 経団連など日本経済界の6団体が発起人で設立されている防衛懇話会のメンバーら9人が3月11日、習志野自衛隊を訪問した。この日は空自第1高射群(司令・池川昭司1空佐)が部内駅伝大会を行っており全員で声援を送った。
 隊員の体力と精神力の向上を図るため同群では、1区3キロ7区間の駅伝を毎年行っている。大会の運営では中間地点にTVカメラも設置し本部でもタイムや状況が分かるようにしており、通信技術の応用運用も図られた。
 大会では4高隊の三浦2尉が3キロを9分17秒の好記録を出したり、池川司令が個人の部で40位に入るなど賑やかに盛り上がった。団体戦では隷下の7チームが参加した結果、地元の1高隊(隊長・東2佐)が優勝し、昨年2位の雪辱を果たした。個人戦でも1高隊が3位までを独占した。
 この日、東北関東大地震が発生し、隊員らは大揺れのグランドで立ちすくむ状態だったが、平然と速やかに災害派遣の準備を始める陸・空隊員に懇話会メンバーは感激しきりだった。


下関駅伝大会で航空学生が優勝

 小月教育航空隊(司令・村上雅英1佐)航空学生第61期、第62期の各期代表2チーム(1チーム選手5名)は2月6日、下関北運動公園周辺で開催された第56回下関市駅伝競争大会、一般男子の部(全5区間、16・3km)に初出場した。大会は、過去最多の228チームが参加し、白熱した競技となった。
 競技は定刻の9時20分にスタートし、応援団による力も加わり、白熱した先頭争いの末、第4区において、先頭を第61期チーム、そのすぐ後ろを第62期チームが追いかけるという、航空学生によるワンツー態勢となった。最終の第5区では、第61期チームと第62期チームによるきっ抗した先頭争いとなり、最後は胸の差で第62期チームがゴールテープを切り優勝を制した。


即応予備自を招集
高知地本
東日本大震災に災派
小南2尉(医師)が被災地へ向け、出発

 高知地本(本部長・杉本嘉章1陸佐)は3月17日午前8時50分、中部方面総監から東北地方太平洋沖地震(東日本大地震)に対する即応予備自衛官災害等招集の行動災害命令を受け、災害等招集命令書を高知県在住の即応予備自衛官11名に対し交付した。援護課員に県下の即応予備自衛官へ災害等招集命令書を使送させるとともに、自ら高知市内にある医療法人 仁生会 細木ユニティ病院へ出向き、精神科医の即応予備自衛官である小南博資2尉へ命令書を交付した。
 予備自衛官制度が発足(昭和29年)して以来初めての命令書交付とあって多数の報道関係者と病院関係者が集まった。
 交付後、本部長は「陸海空自衛官をはじめとする警察・消防・行政機関・ボランティアの方々が危険を顧みず粉骨砕身献身的に支援活動をされています。小南2尉を始め高知県即応予備自衛官11名の隊員には、教育・訓練等で培ったその力を被災地において最大限に発揮していただきたい」と訓示した。
 命令書を受領した小南2尉は、報道陣に囲まれる中、「現職の自衛官と一緒に被災地において、給水・給食作業等の生活支援活動を行いながら、医師としてストレスを抱えている被災者の心のケアにも当たりたい」と語っていた。小南2尉は、同23日午前8時、善通寺駐屯地に出頭し、第47普通科連隊第1中隊の所属となり、翌日、宮城県の被災地に向けて同駐屯地を出発した。
 小南2尉は、防大第34期生であり卒業後任官、95年まで勤務し依願退職。その後、旧高知医科大学を卒業し2008年から精神科医として細木ユニティ病院に勤務しながら即応予備自衛官として年30日間の訓練招集に出頭している。


職能センターで55期12名修了式
中央病院

 中央病院職業能力開発センター第55期生修了式が3月10日、三宿駐屯地で行われた。今期修了生は12名で、約1年間にわたって木工、プログラム開発、建築設計、情報システム、一般事務、機械設計の科目を履修してきた。
 式では、塩塚春光センター長が更正指導成果を報告したあと、修了生一人ひとりに修了証書を授与した。次いで、小林秀紀中病院長に対して修了生一人ひとりが申告したあと、小林病院長が式辞の中で、1年間にわたって各々の職能訓練に精通し、数々の課程をこなし立派な成果を上げてきた修了生を称えながら「今後、部隊に復帰して再び自衛隊のため、国民のために勤務に励み、何が起ころうとも初心を忘れることなく、更に精進して素晴らしい自衛官となっていくよう」要望した。次いで、本橋克広内局給与課長が来賓を代表して「これまでの職域で培ってきたことに加えて、今後は本訓練で得られた新しい知識・技能と自信をも併せもって、自衛隊のために、日本のために、そして何より自分自身のために存分に実力を発揮するよう」祝辞を述べた。
 祝電披露に続いて、修了生代表が、この1年間の研修生活を振り返りながら「現在、自分の置かれている環境に甘んじることなく、精一杯努力し、今後はそれぞれの勤務地・補職で修得した知識・技能を生かし、職業能力開発センター修了生として恥じぬよう、なお一層気を引き締め、職務に邁進する覚悟です」と力強く答辞を述べ、式を終了した。


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