防衛ホーム新聞社・自衛隊ニュース
スペーサー
自衛隊ニュース   2008年4月1日号
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スポーツよもやま話
根岸直樹
超ベテラン・清原へのおもい
もうひと花咲かせてほしい
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 「老兵は死なず。ただ消え去るのみ」なのか。だれの言葉だったのか、度忘れしてしまったが、そんなひと言がふと脳裏によぎったのは、スポーツ紙の片隅に数行「オリックス・清原、開幕見送り」の記事が載った朝のことだった。
 清原和博、1967年(昭和42年)8月18日生まれ。指折り数えてみれば、あの男ももう40歳を越えた。誕生日がくれば41歳。プロ野球23年目のベテランだ。40歳以上の現役選手は、12球団登録800余選手を見渡してみても、清原を含めて4人しかいない。
 だが、清原にはプロ入りしたときからの強い思い入れがある。「あいつにだけは負けられない」。ずっとその気持ちを胸にきざみ込んでやってきた。「あいつ」とは、ほかならない、PL学園からのライバル・桑田真澄投手だ。桑田はいま大リーグ・パイレーツで「戦力か解雇か」のガケッ縁に立たされながら踏ん張っている。
 「例えマイナー落ちしても投げ続けたい」という強い意志のもと、海の向こうで投げ続けているのだから「こっちが先にヒザ着くわけにいかない」のだ。この気持ちは桑田が巨人、清原が西武入りした85年(昭和60年)から途切れることなく続いている。「本当はオレが巨人に入るはずだったんや」と、涙ながらに記者会見した発表の日を思い出す。
 そんな中で西武、巨人と渡り歩き、一昨年オリックスのユニホームを着たのだが、昨年は左ヒザに軟骨を移植する手術を受け不出場。今季もその後遺症のため春のキャンプから別メニューの調整を続け、スタートが大幅に遅れてしまっている。
 「何が何でも(開幕に)間に合わせようという気持ちはなかった。一時は引退も考えたが、拾ってくれた仰木監督(故人)への恩返しもせぬまま終われない。あせらず、じっくりやって、絶対にもうひと花咲かせてみせる」と決意を語る清原。
 清原は「好きになれない選手のひとり」だった。あるとき、何を質問しても木で鼻をくくったような態度をとり、無言を押し通したので「お前もプロなら、オレだって書き屋のプロ。聞いたことに対して返事くらいしろ」と大ゲンカしたことがあった。しかしその事件以降、逆に距離がちぢまった感じで、いまは「頑張って、復活してほしい」と心から願っている。
 野村克也(現楽天監督)は、41歳で16本塁打した。門田博光(元南海)は31本、2割8分打っている。コリンズ監督はローズ、カブレラ、ラロッカの強打外人トリオ重視打線を描いているらしいが「いまに見とれ<CODE NUM=023B>」の清原の奮起は、最後の期待をかけてみる価値はあるのではないか。
 1億2千万円(年俸推定)のベンチウォーマーなんて笑い話にもならない。通算350二塁打まであと7本(過去24人)同550本塁打まであと25本(同3人)…。燃え尽きる前の“老兵"の心意気にかけてみたい気持ちが、日毎に高まってきたきょうこの頃だ。
(3月23日記)

HOME's English Class
(防衛ホーム英語教室)
I'M GOING TO GO BANANAS
アイム ゴウイング トウ ゴウ バナーナズ
気が変になりそうだよ
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 Hi! How are you doing? 皆さん、お元気でしょうか。春爛漫まではいきませんが、桜の開花もはじまりましたね。今週から来週にかけては関東では花見になります。観桜会いい響きですね。4月から始まる新生活へ希望をもって臨みたいものですね。私も大学院で勉強を開始いたします。楽しみです。
 さて、今回の表現は、“I'm going to go bananas"「気が変になりそうだよ。」です。Go bananasは、「気が変になる」という意味です。面白い米語の表現ですね。色々な場面で使えると思います。楽しくておかしくなることもあるでしょうし、仕事が山のように重なって変になることもあるでしょう。何事も必然ですから、一つ一つ取り組んでいくしかありませんね。まあ、煮詰まった時には、こんな表現をつぶやいてみるのも気分転換になりませんか? バナナ?頭の働きを良くする、脳に栄養を与えるには「甘いもの」が定説ですが、バナナが一番効率良く脳に栄養を補給できる食べ物だそうです。煮詰まった時に、一本のバナナが救いになるかもしれません。
 昨年度一年間続いた市ヶ谷駐屯地での英会話クラブも終了しました。転属に伴って小平から半年間週一で市ヶ谷に通ったのも楽しく良い思い出になりました。英会話クラブの皆さんとも何らかの形で引き続き英語の勉強を一緒に続けていけるといいですね。三寒四温で、花冷えというように寒い日もありますのでくれぐれもご自愛ください。チャレンジ精神と、ストレスの少ない楽しく陽気な生活を心がけてお過ごしください。
それでは、皆さん。See Ya!
〈スワタケル〉

防衛ホーム俳句コーナー
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花冷の天井高き葬儀場 御手洗敬子
一斉にガス燈ともり橋朧 中川 敦子
菜の花の先づ萎えかかり花御堂 中村 かよ
引く鴨の干潟一巡して去りし 江口 景舟
為すことのほどほどにある日永かな 中村徳次郎
春灯下妻長々と髪を梳く 西村 榮治
九度山に石楠花咲けば母恋し 本吉のぼる
婚礼へ向ふ町角初燕 塩見 惇子
寺町の築地の長き夕桜 神谷 正紀
桜蘂降る犀星の散歩径 江上 敏子
紫雲英田の奥に灯の洩れ円空堂 棚橋 活明
田植には帰って来よと子へ電話 大平 光枝
鷽てふ名茶店の婆に教へらる 水島 孝雄
吹き揉まれ白を極めし雪柳 齋藤 利恵
山茱萸に風鐸の音寂しかり 一ノ瀬昭雄
わが家にも妻が遺愛の桜咲く 斎藤紀一郎
せせらぎの切に育てし花山葵 船田藤三郎
八十路てふ齢にまどふ花の冷 菊池 緑
猪の首のごとく筍掘られけり 小島 芳夫
遠近に牛の咆哮草萌ゆる 須釜 嚠子
健康に謝して麦藁帽を買ふ 須藤 薫子
太刀打つは吾が生くること辛夷咲く 渡辺 刀雲
眠たきは酒には非ず花疲れ 井戸田盛男
朝顔の咲くと富山の薬売 佐藤 秀隆
良きことの続くはずなし四月馬鹿 古敷谷眞喜子
路地奥の煎薬匂ふ春の雪 鈴木 吟悠
あざやかな春の野菜のパスタ食ぶ 馬渡 八重
  選 者 吟
風の間を計り鳴きだす初蛙 成川 雅夫
(「栃の芽」誌提供)
 「栃の芽」誌をご希望の方は〈栃の芽会連絡先=畠中草史氏042・796・0961〉へご連絡下さい。

イラク派遣を終えて
シリーズ
厳しい環境下で器材整備
空自第1輸送航空隊 整備補給群修理隊 空士長 高田佳靖
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 私はC―130H輸送機を運航する第1輸送航空隊に所属し、職種は動力器材整備です。梅雨も終わりのころ小雨の中、私はイラク復興支援派遣輸送航空隊第13期前段要員としてクウェートに向けて日本を出発しました。派遣が決まってからの不安や心配事は、事前教育を受けたり、1輸空隊の派遣経験者から現地の環境や実状等を教わるなどで、徐々に解消されていきました。予定より1日遅れての出国となりましたが、約1日かけて無事クウェートに到着しました。飛行機から降りた瞬間に体感した暑さは、私が今までに経験したことのないものでした。例えるなら全身にドライヤーの熱風を浴びせられているかのようで、これから初夏を迎えるこの地での約4ヶ月間の先行きが不安になったことを今でも覚えています。さらにバスで1時間程かけて私達の勤務するアリアル・サレム空軍基地へ移動したのですが、着隊と同時に12期要員から手厚い歓迎を受け、心強くなるとともに、気持ち新たにここで頑張っていこうという気合いが満ちてきました。
 私は、整備隊の動力器材整備員として本派遣に従事しました。動力器材整備員は様々な器材の計画整備及び故障発生時の計画外整備を実施し、器材の適正な維持管理を行うことが任務です。一概に器材の整備といっても幅広く、航空機に搭載されている補助動力装置、航空機のグランドサービス等に使用する各種器材及び格納庫の清掃には欠かせないスイーパー等があり、約25台ある器材の整備を少数の整備員だけで実施しなければなりませんでした。クウェートでの整備において、最も苦労したのは、真夏の50℃を超す過酷な環境下で、使用後の砂にまみれた器材を砂を取り除きながら整備しなくてはならなかった点です。それでも、私が整備した器材を使って整備されたC―130Hが、イラク復興支援のための運航を継続することで、国際平和協力活動の一翼を担うことができました。これは日本国内では経験できないクウェートならではの貴重な経験です。
 貴重な経験と言えば、イラク国家再建に共にとりくんでいるアメリカ軍、韓国軍及びオーストラリア軍等との交流を目的として開催されている食事会(コアリッションランチ及びディナー)に参加し、各国の食文化に触れるとともに、意見交換などを通じて、友人を作ることができたことも忘れられません。クウェートでの経験は私の人生で最も大切な思い出の一つになりました。
 最後になりますが、イラク復興支援活動への参加は私自身にとって勉強になることばかりで本当に多くのことを学び成長できました。本派遣にご支援、ご協力を頂いた皆様方に感謝するとともに、見守ってくれた家族に感謝したいと思います。

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