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   2006年3月1日号
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陸自最後の基地交換機を換装
クロスバーから最新IP-PBXへ
 北海道苗穂駐屯地の陸上自衛隊最後のクロスバー交換機が、本年2月11日に新しくIP対応のディジタル交換機(以下、IP-PBXという)に換装されました。といっても、そもそも「駐屯地の基地交換機ってどんな物なのか…?」おそらく多くの人たちがピンとこないと思いますので「交換機の技術の変遷」や「将来の趨勢」を含めて紹介したいと思います。(陸幕通信電子課)

民間技術の動向を考慮
【縁の下の力持ち!基地交換機とは何か?】
 基地交換機とは、皆さんの使用している電話機やFAXに接続し、駐屯地内や駐屯地外の相手と自動的に回線を繋いで電話等ができるようにするための器材です。
 皆さんが業務調整や連絡等のため、当然のように使っている電話機やFAXも、基地交換機が日夜を問わず24時間黙々と働いているからです。(縁の下の力持ち。基地交換機を引き続きよろしくお願いします)
【交換機の技術の変遷】
 次ぎに交換機の技術の変遷と各交換機の特徴について簡単に紹介します。
 昭和43年、防衛庁として、自動即時電話網の運用開始に合わせ、初めて各駐(分)屯地のクロスバー交換機の設置を開始しました。
 (苗穂分屯地のクロスバー交換機設置は昭和56年です)
 これにより、従来、交換手を呼び出し、交換手を介して相手先に接続する「待時通話」と呼ばれる方式から、数桁の電話番号を各電話機末端に割当てて、相手の電話番号を電話機から入力することにより、交換機がその番号を認識して自動で相手先に接続する方式へと変わりました。ちなみに「電話番号簿」なるものは、この時作成されるようになりました。
 昭和61年、防衛庁として、クロスバー交換機からディジタル交換機への換装が開始されました。
 継電器(リレー)と呼ばれる機械式スイッチを使用していたクロスバー交換機と違い、集積回路を使用したソフトウェア制御の電子式スイッチによるため、交換時の信頼性が大きく向上し、また、ディジタル化により音声品質が劣化することなく、よりクリアな声で通話できるようになりました。
 平成10年を過ぎる頃から、世はIPの時代へと移り変わり、防衛庁もIP化の波に乗るべく次期自動即時電話網のIP化検討を実施するとともに、陸上自衛隊としては平成14年以降IP-PBXへの換装を始めました。
【将来の趨勢】
 それでは、将来の交換機の趨勢はどのようになるのでしょうか?
 まず、民間の動向はどうなっているかというと、皆さんご存じのNTT、KDDI等の各電話会社では既に交換機設備のIP 化を進めており、従来のディジタル交換機は無くなる方向にあります。
 また、回線効率が良いことから、通話料・専用線料を安くできるというメリットがあり、民間企業の通話も逐次IP化がなされています。交換機製造メーカーもこの動向に合わせ、既に各社とも従来のディジタル交換機の開発製造を中止し、全てIP-PBXに製造を移しています。
 防衛庁としても、当面、通信伝送路の整備と連動して、民間技術の動向を考慮しつつ、IP-PBXの整備を推進することになると予想されます。
【最後に】
 陸上自衛隊最後のクロスバー交換機を維持してきた苗穂基地通信所の皆さんからは、次ぎのような言葉が寄せられているので紹介します。
 「平成15年7月苗穂分屯地において一部の電話機が発信不能になり、クロスバー交換機の故障と判明。しかし、どうにか交渉箇所を特定するものの、20年以上前の代物、部品の劣化が著しく、保守業者も腫れ物に触るような感じで、お手上げ状態でした。この時は、代替えの手段を講じ、薄皮一枚で何とか繋ぐことができました。(苗穂支所の皆さんにはご迷惑をおかけしました)」
 苗穂基地通信所の皆さん「クロスバー交換機の維持、本当にご苦労様でした」。これからは、新たにIP^PBXの維持をよろしくお願いします。
 なお、苗穂基地通信所のクロスバー交換機は、陸上自衛隊最後のクロスバー変換機として、その一部を通信学校(久里浜)に展示品として保存する予定でいます。

「頑張っています」 新しい職場
「再就職をして感じたこと」
 医療法人 博仁会 宮之城病院 前田 正之
  月日のたつのは早いもので、自衛隊を退職して早8ヶ月が過ぎました。今年3月川内駐屯地の第8施設大隊を最後に自衛官の制服を脱ぎ、援護センターの紹介により、地元宮之城病院の介護助手として再就職することができました。2級ヘルパーの資格を退職一年前に取得はしていたものの、当初は不安で一杯の毎日でした。勤務内容は、重度の認知症お年寄りの送迎、食事・入浴・マスターゲーム等の介助及び農園の管理です。苦労したのは被介護者との信頼関係の構築と送迎のための経路を覚えることでした。介護は大変であると聞いてはいたものの、改めて他人である認知症の方々の介助は並大抵な気持ちでは出来ないものだと痛感した次第です。しかし、大変な中にも喜びや、やり甲斐を見いだすこともたくさんあります。迎えに行った時私の顔を見るなり、自分の肉親を見るような何ともいえない優しい笑顔で、ありがとうの言葉で接される時は感無量といった心情です。人は誰しも人生の輪廻として年老いて、人の介助支援を必要とする時がきます。今は私自身、人のため社会のために、第二の職業で頑張りたいと思っています。
これから退職される皆さんに老婆心ながら言えることは、再就職に不安はつきものですが、健康で前向きな気持ちを持つことが一番だと思います。心掛け次第で人の気分は変わるもので、自衛官を長年勤め上げた皆さんですから、必ず充実した再就職ができるものと確信しています。これからも、陰ながら自衛隊の益々のご活躍を祈念します。

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